新しい形の日経225ミニ
そこでポスト(職位)と資格を分けて処遇する「職能資格制度」が広がりました。
職務能力の伸び方を評価して資格を決めるやり方で、給与は基本的に資格にリンクして決まります。
課長、部長などのポストは一定の資格に対応していますが、資格があっても特定のポストに就けるとは限りません。
例えば、部長になるには「参事」という資格が条件でも、参事ならば必ず部長というわけではなく、次長もいれば主席部員もいるという具合です。
タテ社会の会社では、部下を持つラインの部長、課長の方が権限があるので偉く見えますが、ポストに就けなくても資格が同じならば賃金などの処遇が同等なので表立って不満は出ません。
人事がやりやすくなるという利点もあります。
仕事の重みの違いで同じ部長と言っても、職務によって実際には上下がありますが、同じ資格の部長同士ならばたとえ入れ替えても、処遇が変わらないので抵抗がありません。
もしも部長ごとに報酬が決まっていたら、ケースによって昇給、降給が生じるので、人事を決める場合には神経を使います。
なぜ人件費コストが上昇し続けるのか職能資格制度も能力主義をベースにしていますから、理屈通りに運用できれば、個人ごとの職務能力に応じた合理的な処遇になるはずです。
ところが職務能力を客観的に測る方法がありません。
こう言ったら終わりかもしれませんが、人が人を正しく評価するのは不可能なのです。
必ず評価者個人の好みやものの考え方が影響します。
実際の職能資格制度は結局、よく言えば経験を重視する方向に傾きました。
要するに経験年数です。
ある資格に何年か滞留すると、能力が向上したと見なして昇格させるわけです。
経験年数それ自体は客観的ですが、問題をはらんでいました。
本当に能力が伸長したかどうか疑わしい人も社内の結束を維持するためにトコロテン式に引き上げたためです。
言い換えれば、悪い意味での年功制に堕してしまったのです。
これを可能にしたのは、企業の収益力がインフレによって下支えされていたためです。
矛盾は広がっていました。
例えば、新任の若手部長よりも、古手の課長の給与が高いということが起きました。
同じ資格の場合、経験年数が長いと昇給が積み重なって、比較的新しくその資格になった人より給与が高くなるからです。
ポスト不足の対策として、部下なしの管理職や名ばかりの専門職を作ったのも、経営効率を下げる一因になりました。
同じ部に、全体を統括するラインの部長、つまり本来の部長以外に、肩書だけの「担当部長」や「何々部部長」が数人いる大企業が珍しくありませんでした。
経済成長が減速して、企業の利益率が徐々に低下した背景に、こうした人事制度の矛盾が一つの要因として潜んでいました。
これが無視できない問題として一気に表面化したのは、バブルが崩壊してデフレ経済の様相が強まってきたためです。
採用を絞ってきた結果、多くの大企業では年齢構成が真ん中が膨れるビア樽型や中高年が多い頭でっかちのワイングラス型になっていますから、職能資格制度を基本として処遇がコストアップの原因になっていました。
今までの制度と昇格の慣行を続けていれば、コストは上がり続けます。
一九九〇年代半ば以降、賃金・人事制度の全面的な見直しが始まったのは当然でした。
考え方は大きく変わりました。
会社に住みつくような「会社員」の時代は終わったのです。
具体的に見ていきましょう。
例えばN社は人事の思想をがらりと変えました。
「ライフタイムーエンプロイメント」から「ライフタイムーキャリアサポート」に転換したのです。
すなわち「終身雇用」から「終身キャリア開発支援」に、会社の役割を切り替えました。
定年まで雇用を守るというのが企業の「雇用責任」として、これまで誰も疑いませんでしたが、会社、社員の双方にとって果たしてハッピーなことなのかという問題意識が底流にあります。
伝統的な終身雇用や年功的な処遇は会社が安定成長期に入ると、次第につじつま合わせになっていきました。
ポスト不足、人事の停滞などのため、個々の社員の適性や能力に合わせてポストや職務に就けるのが難しくなりました。
とりあえず権限のない名ばかりのポストに就けたり関係会社などに無理やり押し込んだりして取り繕ってきたのです。
適材適所は建前にすぎず、能力を十分発揮できなかったり能力開発が阻害されたりする恐れが強まりました。
会社側から見れば、割高な賃金を払っていることになります。
会社がすべて面倒を見て、社員は会社にすべてお任せ。
という幸せな時代ではもはやないのです。
市場競争が厳しくなって、事業構造を絶えず革新しなければなりません。
高度成長期ならば、基本的に同じ事業を拡大するだけでもよかったので、職務転換や雇用調整などはそれほど考えなくても済みました。
しかし今やデジタル家電などのように製品寿命が数力月というものもあります。
新しい現実に合わせて発想を切り替えようというのがN社の考え方なのです。
社員がどのような職業人生を歩むのか自ら考えて、キャリアを自主的に選択してもらう、会社はその機会を提供し社員のキャリア開発を手助けする。
これが「ライフタイムーキャリアサポート」に込められた意味です。
同社は永年勤続表彰を二〇〇二年春に廃止しました。
「長期勤続」を表彰する意味はもはやないとの判断です。
「長く勤めてくれてご苦労さん、ありがとう」というのは、「ライフタイムーエンプロイメント」つまり終身雇用を前提にした言葉です。
今や社内での職務転換だけでなく、転職も選択肢の一つです。
永年勤続表彰に代えて、三十歳でまず自分は何に向いているのか適性を知るためのテストを用意しました。
さらに四十歳時点で、労働市場に出たら自分はどのような評価なのか外部の機関を利用して診断できる機会を設けました。
自分を知り自らキャリア形成を考える節目にしてもらおうというわけです。
社内の多様な職務の情報は社内イントラネットによって知ることができます。
実際に進路をどのように選んだらよいのか、相談できるキャリア‐アドバイザーも置いています。
もちろん社内公募制がありまして、社内求人に応じて異動する社員が年間四百人ほどいます。
ポジション‐エントリー制という、自ら新しい役割、ポストなどを提案できる制度もあります。
社内で満足できない人は、四十五歳以上ならばセカンドキャリア‐プログラムを利用できます。
二年間、年収の七〇%を保証されて社外の研修などを受けながら職探しや起業ができる制度です。
N社では、賃金制度もいわゆる成果主義です。
管理職については二〇〇二年四月から、「役割グレード」に基づく報酬に切り替えました。
事業本部長クラスを「グレード」として、管理職の職務をその役割の重要性と求められる能力に応じて七段階の等級に分けました。
報酬はグレードに対応した固定部分と業績連動賞与によって構成されます。
業績賞与は全社と部門の業績によって基準額が決まり、個人の業績を加味して個人に配分されます。
グレードが一つ変わると、年収が百万円から極端な場合は二百万円変わります。
個々の管理職ポストについて、役割グレードと、その具体的な職責と成果責任、必要とする職能要件などを明記した「役割定義書」を作り、イントラネットで社内に公開しています。
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